旅レポート:シュテーデル美術館
Städel Museum
2022年12月フランクフルト
念のため言っておくが、この日の天気は雪ではなかった。ただ、昼間になっても気温がマイナスだったため、前日までに降った雪がいつまでも残っている。雪の橋の向こうにポスターが掲げられている。開催中のグイド・レーニ Guido Reni (1575-1642) 展である。
グイド・レーニはカラヴァッジョと同じ時代に生きたバロックの画家なのだが、カラヴァッジョ人気の陰に隠れてしまい、正当に評価されていないものの、当時はむしろカラヴァッジョより人気だったと企画展の冒頭で紹介されている。
とはいえ、カラヴァッジョは画家の間でもカリスマだった。多くの同業者に強烈な影響を与えた。ごく短い期間ではあるが、レーニもカラヴァッジョの影響を受けた。作品にもバッチリ反映されているではないか!その後、レーニは独自の道を進んだ。印象としては、観る人にショックを与えるような激しさを感じるカラヴァッジョの絵と比べるとレーニの絵は整っていて美しい。まるでルネサンス絵画のように。
美術館では生首を探そう
美術館に行くとどうしても探してしまう物。それは2つの生首。どちらも偉大なる画家たちのお気に入りのテーマ。絵画の世界に限らず、クラシック音楽・オペラの世界でも有名だ。
生首その1:後にダヴィデ王となる怪力の美少年ダヴィデが自身で斃した巨人ゴリアテの生首を手に持つ絵。(旧約聖書)
生首その2:少女娘サロメは洗礼者ヨハネに興味津々。母ヘロディアスの再婚相手ヘロデに「ヨハネの首が欲しい」と迫る。銀の皿に乗せられたヨハネの首とサロメの絵。(旧約聖書)
ええ、美術館はそんな場所です。
ゴリアテの首と言えば、まず真っ先にカラヴァッジョが描いた首を思い出す。なぜなら、カラヴァッジョは自分そっくりの生首を描いたからだ。生首を描くために、自分自身をモデルにするとは・・・
上に載せたのは企画展で展示されたグイド・レーニの作品。ゴリアテが画家レーニ自身の顔に似ているかどうかは知らないが、この題材を選んだところと、口が半開きのゴリアテの表情が、カラヴァッジョの影響と言えよう。
では、もう1つの首も見てみよう。
洗礼者ヨハネの首である。こちらもレーニの作品。企画展に含まれていたのはシカゴ美術館所蔵の作品。調べてみるとレーニはこの作品の他にもヨハネの首を描いている。個人的にはローマのコルシーニ宮の絵画館に展示されている作品の方がインパクト大。それと比べると、こちらは控えめな表現と感じるが、生気を失った真っ白い顔のヨハネは不気味だ。
もう1つご紹介しよう。
シュテーデル美術館の常設展より、クラナッハ父 (1472-1553) が描いた「ヘロデの宴」をご覧いただきたい。身体をくねらせたサロメが得意げに生首が乗せられたお盆を見せる。首の切り口の生々しさ、もうやめてくれと言わんばかりのヘロデの様子、後ろには同じようにお盆を抱えた召使いだろうか?サロメにとって、ヨハネは食べてしまいたい果物のようなものということか。どうしてもレーニ作のサロメよりクラナッハ作のサロメに興味を持ってしまう。
さあ、ヘッドハンティングはこれぐらいにして、他の作品を観てみよう。
「アサンプション=仮定」だけではない「アサンプション=聖母被昇天」
ジャンルを問わず英文でよく出てくる単語 Assumption。「仮定」「前提」などという意味で使われることが多いのだが、キリスト教世界やその影響を受けた美術界では別の意味がある。主にAssumption of Mary などのように、聖母マリアの被昇天を意味する。被昇天とは、死を迎えたマリアが天国に昇ること。これもまた画家たちに人気のテーマである。
以前、徳島の大塚国際美術館でレプリカの「聖母被昇天」を観た後に旅先のヴェネツィアで実物を観た。もっとも、私がその教会(サンタ・マリア・グロリオーザ・デイ・フラーリ聖堂)を訪問した目的は「聖母被昇天」ではなく、作曲家モンテヴェルディのお墓参りだったのだが、思いがけず偶然遭遇した作品として記憶に刻まれた。それ以来、美術館等で「アサンプション」作品を意識するようになった。天に昇っていくマリアの衣服の色として赤と青が使われることが多い。青い絵の具は高価だった。その青い絵の具を使っている。
グイド・レーニも複数の「アサンプション」を描いた。別々の美術館に所蔵されている小さめの「アサンプション」3作品を並べて展示することを実現できたのは、今回の企画展が初めてだそうだ。
小さくて見にくいが、それぞれに楽器を奏でる天使(?)が描かれているのは、音楽家の子として育ったレーニならではなのかもと思う。
下の絵は大規模な「アサンプション」作品。小規模作品よりシンプルな構造。
ゲーテのイタリア遊学
限られた美術知識で美術館を歩くと、どうしても知っている作品ばかり目についてしまう。常設展で見つけた知っている作品はこちら。ローマ郊外で寛ぐ文豪ゲーテの有名な絵。
2022年12月フランクフルト
ここフランクフルトで1749年に生まれたゲーテは、ライプツィヒやストラスブールで学び、ヴァイマルでアウグスト公に仕える。1786年、ゲーテは無期限の休暇を申請してイタリアに行く。1年以上も滞在して1788年にヴァイマルに戻ったが、1790年に再びイタリアへ。休暇といえば1週間が標準という不幸の国に住む私だけでなく、バカンスと言えば3〜4週間が当たり前というヨーロッパ人でも羨ましくなってしまうだろう。
白い犬
ああ!!
遠くにこの絵を見つけた時、思わず歓喜の声をあげてしまった!
思いがけず発見したフランツ・マルク作の動物シリーズの1つ「雪の中で休む犬」ではないか!ミュンヘンのレンバッハ美術館の「青い馬」「虎」に続く出合いとなった。「青い馬」は特に気に入っているが、この白い犬もまた素敵だ。
展示横の説明文によると、白い犬は戦前にナチスに「退廃芸術」とされてしまったため、一度シュテーデル美術館から取り除かれてしまったのだが、戦後に再びシュテーデル美術館に戻ってきたそうだ。まったく一体この作品のどこが退廃なのだか。作品が戻ってきて良かった。
ロダンの彫刻の背後に華やかな絵
フランスの彫刻家ロダンについて詳しくもない素人の文章で申し訳ないのだが、ロダンで私が思い出すのはロダンに捨てられて気が狂ってしまった若き女流彫刻家のカミーユ・クローデル。ロダンは彼女を捨てて妻の元に戻った。カミーユは回復することなく生涯を病棟や施設で過ごした。カミーユは作曲家のドビュッシーの友人の一人だった。2012年に東京で開催されたドビュッシー展ではカミーユ・クローデル作の彫刻でドビュッシーが所有していた作品も展示された。
ロダン作品の背後に明るく平和で華やかな絵が飾られていて、少しも明るく平和な人生ではなかったカミーユのことを思い出して何とも言えない気分になって写真に残してみた。
2022年12月フランクフルト
マックス・ベックマン
常設展を鑑賞して目に留まったその他の作品として、マックス・ベックマン Max Beckmann (1884-1950)をご紹介したい。ライプツィヒ生まれでパリ、ベルリン、フランクフルト、アムステルダム、そしてアメリカに住んだ。現代アートはナチスに退廃芸術とされてしまったため、ベックマンは逃げるように各地を転々とした。
部屋に飾りたくなるようなお洒落なアートだと思う。少しもお洒落でない私の部屋などではなく、カフェや音楽サロンに飾る方が似合うのだろうけど。
サックスにはフランクフルトのジャズバーの名前を入れている。
え?何?誰かが助けを求めている?え?どこ?
一目で分かった。これはフランクフルトだ。
鑑賞が完了したら、気に入った絵のポストカードを買って、ミュージアムカフェで休憩して終了。充実の美術鑑賞となった。