モーツァルト作曲 魔笛 | 本番 | フランスで鑑賞

Wolfgang Amadeus Mozart
Die Zauberflöte

2022年12月12日(月)
フランス国立​ラン歌劇場(ストラスブール)
Opéra national du Rhin

Musical Director: Andreas Spering
Stage Director: Johanny Bert
Sets: Amandine Livet
Costumes: Pétronille Salomé
Lighting: David Debrinay
Dramaturg: Louis Geisler
Collaboration artistique: Jean-François Kessler

Chœur de l’Opéra national du Rhin, Les Petits Chanteurs de Strasbourg – Maîtrise de l’Opéra national du Rhin, Orchestre symphonique de Mulhouse

​Sarastro: Nicolai Elsberg
La Reine de la nuit: Marie-Eve Munger

Tamino: Trystan Llŷr Griffiths
Pamina: Helène Carpentier
Papageno: Michael Borth
Papagena: Elisabeth Boudreault
Monostatos: Peter Kirk
Première Dame: Julie Goussot
Deuxième Dame: Eugénie Joneau
Troisième Dame: Liying Yang
L’Orateur: Manuel Walser
Premier Ministre: Iannis Gaussin
Deuxième Ministre: Oleg Volkov
Trois Enfants: Nathalie Adleiba, Lily Ledermann, Hélisende Nuss
Marionnettistes: Valentin Arnoux, Chine Curchod, Faustine Lancel

2022年12月ストラスブール

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Strasbourg フランス国立ラン歌劇場 Opéra national du Rhin

激しく笑うと顔がクシャクシャになる。目がギュッと潰れる。潰れた目から涙が流れる。泣かずにいられないほど悲しかった訳でも、心揺さぶられて感動した訳でもないのにポロリと落涙。なんと幸運なのだろう。激しい笑いによる涙にもデトックスの効果がある。(え?!)

​オペラは好きだけど、オペラではそんな激しい笑いなど滅多に起こらない。オペラでよくある笑いは「クスッ」「プププ」「ふふふ」程度だ。

しかし、その珍しい瞬間がこの日に起こった。おめでとう、自分。

​ああ、行って良かった。この日、私はフランクフルトから国境を越えてフランスのストラスブールに到着。鉄道トラブルに巻き込まれてクタクタだった。今回の旅で鑑賞予定の5作品のうちの1つぐらいは諦めても良いのではと、少し後ろ向きな気持ちになった。それでも私は「エイ!」と立ち上がり、行くことを選んだ。氷点下の寒い夜にホテルを出て、いざ歌劇場へ。

​私を激しく笑い泣きさせた、ザラストロ様の衝撃のお姿を、プログラムより少しだけお見せしたい。

パミーナを膝に乗せて諭すザラストロ

Program of La Flûte enchantée
Opéra national du Rhin | December 2022

人形ザラストロは、巨体である。身体は普通の人間よりちょっぴり大きめなのだが、お顔の大きさは2〜3倍。顔の表面が広いので、表情がよく伝わるのだ。普通の人間よりインパクトのある表情をこれでもかと見せつける。彼が瞼や唇をほんの少し動かすだけで、笑ってしま・・・ おっと、失礼。

偉大なる賢者ザラストロ様に失礼があってはいけない。それなのに、お顔の皺が​1ミリ動くだけで、また笑ってしまう。何という強烈なキャラクターだろう!ああ、油断した。やられた!こんなザラストロが出てくるとは!!

​芸が細かい。車椅子に乗った老人らしく、大きく腕を開くと、どうしても手先がプルプル震えていらっしゃる。そこにもまた笑いが。いや、もちろん年を重ねれば手が震えるのは当たり前。そのことを笑っているのではない。そんな失礼なことはしない。ただ、そのプルプルを見事に表現する黒子たちにブラボー。

​背後にいる黒子の数人が人形ザラストロを操っているのだが、その斜め後ろに立つ長身の男がザラストロのパートを歌うバス歌手だ。

Program of La Flûte enchantée
Opéra national du Rhin | December 2022

人形ザラストロが登場するたびに激しく笑ってしまう私だったが、彼の声を代弁するバス歌手Nicolai Elsbergは笑わない。もちろん彼が客席につられて笑ってしまうと台無しだ。キリッと落ち着いた感じで堂々とザラストロのパートを歌う。彼も黒子の一人なのだろうか?歌うたびに、人形ザラストロも一生懸命にパクパクお口を動かす。(またスズキが笑う。)

いや、違う。ザラストロ役の歌手は黒子ではないようだ。なぜなら、たまに舞台上で人形ザラストロと歌手ザラストロはヒソヒソと打ち合わせをしているのだ!2人は2人で一つという訳ではなく、別個に存在する者たちということなのだろう。最後の場面では、人形ザラストロは舞台の上で横たわっていた。そして天に昇っていった。ご臨終ということだ。歌手ザラストロは地上に残った。

​ところで、このザラストロ役のデンマーク出身の歌手が気になる。賢者ザラストロといえば、ある程度年齢を重ねた男が演じる役というイメージなのだが、痺れる低音で安定して歌うこのザラストロは若い。若いが、威厳がある。とは言っても威圧的ではなく人に安心感を与える雰囲気。調べてみたところ、また驚いた。Nicolai Elsbergは、以前はバンドのボーカルだったそうだ。マイクを通した自分の声に限界を感じて生声で歌うオペラ界を目指して勉強し直したとのこと。あなたの声は、まさにオペラのバス歌手の声だ。オペラという世界を見つけてくれて良かった。まだ30代前半でありながら、この歌と存在感は驚くべきことだ。

​「魔笛」ではないのだが、Nicolai Elsbergの動画を1つ紹介するので、ぜひこのビリビリ電流が走るような痺れる低音を聴いてみていただきたい。

舞台上でみたところ、彼は普通の長身男性より頭1個分ぐらい背が高い。2メートルはあるのではと思う。衝撃的な人形ザラストロの存在も、この歌手に注目するきっかけだったと思うが、そうでなくても注目されやすい歌声と姿である。旅しなければ知ることができない才能を発掘することができて良かった。

ザラストロ・ショックについては、これぐらいにしておこう。

​その他の場面も面白かった。

タミーノは大袈裟な武具鎧を身につけて勇ましく登場したのだが、登場するなり大蛇に襲われて、速攻で鎧は剥がれ落ちてしまった!さらに、例の3人組のおばさまたちにイジられて鎧の下に着ていた服も引っ張られてしまい、下着パンツ1丁と靴下だけという残念なお姿に!そんな格好で「ボクはプリンスだよ!」と言うのだから、パパゲーノが怪訝そうな顔をするのも無理ない。クスッと笑ってしまう。

​パパゲーノも負けずに面白い。登場した時は長髪長身の女性かと思った。長いレッドヘアを靡かせて登場。照明の影響でピンク色の髪にさえ見える。ピンク色のハーフパンツとマッチしている。

​パパゲーナは女の子なのだがドラゴンボールの少年悟空のように舞台を走り回る。いなくなったと思ったら、小さなラジコン飛行機が舞台を横切る。ん?ラジコン飛行機から垂れ下がった小さな梯子に女の子(の人形)がいるぞ。パパゲーナだ!(そんなバカな!)その後、晴れてパパゲーノと一緒になることができたパパゲーナの股からは、ポンポンと卵が産まれた!きっとそこからちっちゃなパパゲーノとパパゲーナが孵化するのね!(そんなバカな!)

​パパゲーノたちを助けてくれる少年3人組についても触れておこう。開演前から舞台すぐ横のボックス席に女の子3人組が座っていて、私は怪しいと思っていたのだった。子供だけでオペラを観にくるハズはない。しかも特等席のボックス。もしかして・・・と思っていたら、やはり彼女たちは登場人物だった。「少年たちが導いてくれるよ」という場面で、照明が当たり、「ええ!いえいえ、私たち観客よ」みたいな感じで首を振る演技上手な女の子たちだった。

​奴隷モノスタトスは悪役なのだが、私はいつも何だか彼を憎めない。モノスタトスが求めているものは、パミーナやパパゲーノが求めているものと同じなのに、なぜ彼だけが報われないのか。もちろん無理矢理相手を襲い込もうとするのは悪いことなのだけど。このプロダクションでも、何だかヤンチャで憎めない雰囲気をまとった邪悪だけど哀れなモノスタトスだった。グロッケンシュピールの明るい音色の魔法にかかって、奴隷仲間たちと小指を立てて、小指を繋いで、仲良く並んでルンルン踊っていた(笑)

私の席は2階の端っこ。舞台に近く、オーケストラが近い分、音響的には十分楽しめたが、またしても視界はやや限られている。隣の席のおじさまも同じご意見だった。おじさまはご家族が1階に座っていて、一人だけ離れた席になってしまったらしい。一人で座っている人が周辺の席の人と話したがるというのは、10年前のパリ音楽旅でもあった。ヨーロッパではたまにあること。日本では誰も他人と喋ろうとしないので新鮮だ。

無事、私はフランス国立ラン歌劇場でもデビューを果たした。(もちろん客として。)

​ちなみに「ラン」は Rhin と綴る。川の名前のこと。ドイツ語では「ライン」 Rhein、つまりライン川のこと。

今回の「魔笛」は台詞部分も全てドイツ語で上演。字幕は歌の部分はドイツ語とフランス語​で、台詞部分はフランス語のみだった。

2022年12月ストラスブール

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Strasbourg フランス国立ラン歌劇場 Opéra national du Rhin