チャイコフスキー作曲 チャロデイカ | 予習

Peter Ilyich Tchaikovsky
The Enchantress (Charodéyka)

オペラの予習とは、前もってあらすじを読んでおくことではない。

​まず、​対訳リブレット(台本)を読むことが大事。対訳とは原語(オペラの場合はイタリア語、フランス語、ドイツ語など)とその翻訳(日本語または英語)を並べて表示するすること。それを読みながら音源を聴く。音楽とともに内容を自分なりに理解しようとする作業だ。​なぜなら、そうやってきちんとテキストを確認しないと、本番でひたすら字幕を読むことになる。けっこう大変だ。読むことに追われて鑑賞を十分楽しめない。

​今回の旅で鑑賞予定のオペラは5作品。旅中のオペラ数としては過去最高のボリュームと言えよう。

オペラ初心者の皆さんは、「何も知らなくていいから、気軽にオペラを観に来てください!」という誘いに騙されてはいけない。

​オペラを観に行くなら張り切って徹底的に予習していくべし。

​最初はわかりにくいと感じるかもしれないが、気にすることはない。予習中に何となくわかっていく。そうして、誰の真似でもない独自の解釈を展開していこう。怖くないから、オペラの世界にいらっしゃい。

さて、チャイコフスキー作曲の「チャロデイカ」は、どうやって予習すれば良いのやら。

​滅多に演奏されない非常に珍しい作品だ。珍しい作品と出会えるからこそ、わざわざヨーロッパまで行く。そういう意味でも、「チャロデイカ」は今回の旅の目玉の一つと言える。それなのに、どこを探してもリブレット(台本)を入手できない。無料で公開されているものは無さそうだ。CDを買えば全訳ブックレットが付いているかもしれないが、付いていない場合もある。そもそもCDも廃盤か何年も入荷待ちののどちらかのようだ。原語はロシア語。英訳がどこかにあれば助かるのだが、ロシア語でも十分。それを機械翻訳で英語にすれば、何となく意味が通じる程度の訳を得られるはずだ。だが、ロシア語のリブレットも探せなかった。かろうじて見つけたのは、ロシア語とドイツ語訳が載っている著作権切れの楽譜。テキストデータならコピペできるが、画像データであり、数百ページに及ぶ楽譜内に点在するものなので、テキスト化は困難。音符の下に記載されたドイツ語は読みにくい。私のドイツ語力では厳しい。

​テキストは入手不可能なのに、実は音源は簡単に入手できる。ストリーミング時代の有難さ。主にIDAGIOの音源を聴いて予習した。

Tchaikovsky: Charodeyka (The Enchantress) (1954) | IDAGIO

ウィキペディアの情報は2012年にモスクワのボリショイ劇場で上演されたときの情報を参考にしているようだ。

チャロデイカ|ウィキペディア

その2012年のボリショイ劇場での上演の映像と思われるものが、実はYouTubeにアップロードされている。何の権限もない人が勝手に客席から撮影したものだと思うのだが、劇場も出演者も何も苦情を出していないようだ。ロシアならそんなことが可能なのか?(当時は?今も?)

アーティストの権利を守るという意味では望ましいことではないのだが、他にどこにも映像がなく、リブレットさえ探せない貴重な作品を観ることができるのは、正直なところ有難い。ここには掲載しないが、ご興味あればYouTubeで探してみてください。主役チャロデイカを歌うのはグルジア生まれのクルド系ロシア人 Svetlana Kasyan 。

​「チャロデイカ」はロシア語で魔女を意味する。魔女でなくても、魅力的な女性のことをチャロデイカと言うそうだ。日本語で言うなら「美魔女」だろうか?オペラの時代設定は15世紀末。女主人公ナスターシャは、ロシアの川辺の都市ニジニ・ノヴゴロドで宿屋を経営している。美しく気立ての良い魅力的な女性なので「チャロデイカ」=魔女と言われているのだが、作品のどこにも魔女のような妖しげな発言や行動は描かれていないように思う。魅力的でモテるので、それを妬んだ人々が彼女を魔女と言っているのだろう。

大公代理のニキータもナスターシャに夢中。でもナスターシャには相手にされない。ニキータの妻は夫の裏切りを知りショックを受ける。息子ユーリは母のためにナスターシャを殺そうとするのだが、実はユーリこそがナスターシャが密かに想いを寄せる相手だった。ナスターシャは好きな人に殺されるのなら喜んで受け入れるというつもりだったのだが、ナスターシャの美しさにユーリも(父ニキータのように)魅了されてしまった。2人は駆け落ちを目指したのだが、ナスターシャは、ニキータの妻(ユーリの母)が仕組んだ毒入りの水を飲んでしまい、ユーリの腕の中で息絶える。そこえニキータが現れ、衝動的に息子ユーリを殺す。ニキータ妻の悲鳴が響く。我に返ったニキータも息子を殺してしまったことを嘆き絶望の叫びをあげて幕が下りる。

​リブレットを確認できないので、詳細がわからず、もどかしい。上記の解説はわたしの勘違いを含んでいる可能性があるので、ご注意いただきたい。ニキータは息子がナターシャを殺したと思い込んだのだろうか、それとも息子とナターシャが愛し合っていたことを知って激怒したのだろうか、あるいは両方か。

​オペラの予習で最も大事なのは、リブレットと音楽を同時に学習することである。今回はそれが不可能だった。無念だ。でも、音楽は数回聴いて、すっかり耳に馴染んだ。そこはさすが美しく魅力的な後期ロマン派チャイコフスキーだ。個人的なブームというか、最近チャイコフスキーのオペラが熱い。上演も増えているような気がするのは私だけだろうか。私が最初に惚れた「エフゲニー・オネーギン」が最もよく世界で上演されるチャイコフスキーオペラだろう。「イオランタ」は上演時間1時間なので、こちらも比較的よく演奏される。それ以外は滅多に上演されない。最近、ベルリンフィルのデジタルコンサートホールで「イオランタ」、「マゼッパ」、「スペードの女王」を視聴した。「マゼッパ」も良いが、「スペードの女王」には圧倒された。時間があればまた観たい。

​今回鑑賞するフランクフルト歌劇場の「チャロデイカ」でナスターシャ役を歌うのは、コロナ禍以降、個人的に大注目している Asmik Grigorian であり、大いに期待できる。「チャロデイカ」の前日に Asmik Grigorian はプッチーニの「マノン・レスコー」でも主役を歌う。2022年11月は東京で演奏会形式の「サロメ」の主役だった。Asmikファンとしては3連続で楽しめるのは幸運だ。

第4幕でナスターシャもユーリも死んでしまった後に歌われる弔いのコラールのような合唱が美しい。ロシア民謡か宗教曲かしら。そこだけピアノで弾いてみた。シンプルな旋律だが、8分の9拍子と8分の6拍子が混じっていて、音感の悪いワタシはよく理解できていない。