プッチーニ作曲 マノン・レスコー | 予習

Giacomo Puccini
Manon Lescaut

ファム・ファタル(男を破滅させる魅惑の美女)・・・と、彼女にぞっこんの若い男のバカップルの悲劇

ファム・ファタル (femme fatale) はフランス語。fatale (英語ならfatal=死をもたらす、致命的な、運命的な・・・) な 女性 femme ということだ。文学界はもちろん芸術の世界では欠かせないキャラだ。リアルでもフィクションでも。

​1731年に発表されたフランスの小説「騎士デ・グリューとマノン・レスコーの物語」のマノンもファム・ファタル。彼女に夢中になった若い騎士は真っ直ぐ破滅に向かう。舞台はフランスのパリから、なんとアメリカのフランス領ルイジアナに移っていく。この小説はすぐに発売禁止になったのだが、それでも海賊版が出回って、長期にわたり絶大な人気を誇ったとか。

​ファム・ファタルという、自分とはまったく異なる種類の女に、実はちょっぴり憧れる。周囲の人々を魅了する女。芸術家たちの創作意欲を刺激する女。誰かの運命を操作できる力を持つ女。カッコイイではないか!

​いやいや、ポジティブな面を並べたところで、それでもファム・ファタルは危険な悪女なのだ。近づかない方が良い。

​この作品の女主人公マノン・レスコーには、外見が美しいという唯一のアピールポイントを除き、特にカッコイイ要素は見当たらない。それどころか、ツッコミどころがいくつもある。一体、彼女のどこが良いのだろう。目を覚ませ!若い騎士殿!でもマノンはファム・ファタル。騎士は恋の魔法からそう簡単には逃れられない。

​小説をベースにした派生作品も数々ある。そのうちの1つが、プッチーニが作曲した「マノン・レスコー」である。

正直に申し上げよう。何度かオンラインストリーミングで「マノン・レスコー」を鑑賞したことがあるのだが、マノンという人物に少しも魅力を感じないのだ。おお、ごめんなさい。でも、この作品を悲劇ではなく喜劇と捉えるなら、マノンは結構、笑えるキャラと言えるのではないだろうか。

​プッチーニ版の「マノン・レスコー」には、マノンの兄レスコーが登場する。彼が言うには「マノンは貧乏に耐えられない」のだ。贅沢大好きな女の子!困ったものだ!オペラ的には貧乏に耐える女のほうが美しい。

​マノンは貧乏学生の騎士と駆け落ちしたのだが、貧乏に耐えきれず、若い恋人を捨てて金持ちの年寄りのもとへ走る。でも、やはり年寄りの相手をすることに飽きて、若い恋人と寄りを戻したくなったようだ。ちょうど良いタイミングで若い学生騎士デ・グリューが再登場。マノンに恨み節をぶつけた後は、仲直り(笑) そして、一緒に逃げようとするのだが、ここでまた贅沢好きのマノンが笑える行動を取る。

​追手が迫っているのに、手あたり次第、宝石類を持ち出そうとしてモタモタするマノンだった!(←笑うところ!)

​やれやれ、困った女だ。もちろん、マノンは捕まってしまった。

​アメリカ大陸にあるフランス領ルイジアナの歴史を調べると、フランスから来た開拓者たちに定住してもらうために、フランスから女性たちを送ったと書いてある。主に娼婦、法を犯した女、ホームレス女などが送り込まれた。マノンもその一人としてアメリカに連れて行かれることになってしまったという設定だ。

​この作品を悲劇ではなく喜劇と捉えるなら、若い学生騎士デ・グリューも立派なコメディアンに見えてくる。マノンに負けず劣らず笑えるキャラだ。​

​学生騎士のデ・グリューは、捕まってしまったマノンを取り戻すため、ギャンブルや犯罪も含めて沢山裏工作を続けてきたらしい(オペラでは、その辺は割愛されている)。それでもマノンを取り戻すことはできなかった。恋する男の最後の手段は、マノンと一緒にアメリカに行ってしまうことだ。

​デ・グリューは娼婦たちが載せられた船が出航する直前、大泣きしながら船長に訴えた。水兵さんでも何でもやるから、ボクを雇ってください、船に乗せてください、と。(←一応、良い身分の騎士だったはずなのだが・・・) 大泣き男に心打たれた船長は快諾。こうして、愛する2人は突然一緒にアメリカに行くことになった!感動的な場面なのだが、喜劇だと思うのなら、笑っていいはず!

​原作の小説では、ファム・ファタルであるマノンをめぐって、アメリカでもいろいろ災難が起こったらしい。最終的に、デ・グリューは、ルイジアナ知事の甥とマノンを取り合って決闘となり、相手を殺してしまったと思い込み、マノンと一緒に逃げることにした。その途中で疲労と飢えでマノンが死んでしまった。(そして、その後、デ・グリューは親友に助けられてフランスに戻ったらしい!) 

​オペラでは、アメリカ行きの船に乗り込んだところで第3幕が終了。続く第4幕では、突然、2人は砂漠のようなところで、水もないまま彷徨い歩き、ついにマノンが死んでしまう。

​「ああああああ!マノン!」

オペラでは、そんなデ・グリューの叫びが何度も繰り返される。悲劇と思えば、かわいそうなのだが、喜劇と思えば、大げさな叫びが滑稽に思えてくる。

​笑ってしまうのは酷いと思うかい?

  • 逃げなければいけないのに、宝石をかき集めて逃げ遅れたマノン
  • そんなマノンにまだ夢中の世間知らずな若い男
  • 何もかも不便な遠い開拓地アメリカに行く必要などなかったのに、愛するマノンと一緒にいるために自ら望んで無理やり船に乗り込んだ男
  • そして、マノンはまたトラブルを生み続けた挙句に死んでしまった

コメディーらしく、テンポよくストーリーが展開していく。

​それにしても、原作が人気を博したのは何故なのだろうか。私から見ると滑稽なストーリーなのだが、当時のフランス人やヨーロッパ人から見ると、ロマンチックな話なのだろうか。私には分からない。

予習音源・映像

ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団 Digital Concert Hall

https://www.digitalconcerthall.com/en/concert/17001

https://www.digitalconcerthall.com/en/concert/16907

参考

「ああああああ!マノン!」

​という悲劇的な(滑稽な?)叫びを聞いてあげてください。この動画の最後のところです。