
特別コラム by スズキ
旅再スタート いざヨーロッパへ
世の中には海外旅行が唯一の生き甲斐という人々がいる。私もその一人だ。我々にとって、日本に閉じ込められたコロナ禍は生き地獄だった。新型コロナ感染症問題は継続しているが、海外旅行ぐらいは許されるようになったのは嬉しい。
ところが、円安やエネルギー価格の高騰など旅人にとっては致命的な新たな問題が発生している。資産家でもなく、高度な専門スキルを持つ者でもない人間は、簡単に好きな国に移住することなどできないのだから、旅行が命綱だ。それなのに、旅行がリッチな人々の特権となってしまったら、この先ますます絶望するしかない。
再び落ち込んでしまいそうな状況だが、まずは音楽旅を再開しよう。絶望しかない暗い未来については、また後で考えよう。
さて、日本でもコンサート鑑賞はできるのに、なぜ一部のクラオタはわざわざ遠いヨーロッパまで旅して音楽鑑賞するのか。そこにあって、日本にないものは何か。なぜヨーロッパがそんなに魅力的なのか。自分なりの考えを述べたい。
理由1:オペラ公演が充実
ヨーロッパに行くたびにオペラを鑑賞しているわけではないが、旅を計画するときにいつも実感する日本とヨーロッパの違いといえば、オペラの充実度である。
今回の旅がこれを証明している。ほんの1週間程度の滞在中に鑑賞予定のオペラは5作品。そのうち4作品はフランクフルトの歌劇場、残りの1作品は電車で2時間のフランスのストラスブールの歌劇場。このような鑑賞スケジュールは日本では絶対に不可能である。
例えば、東京に1週間滞在してオペラを鑑賞するとしよう。おそらく1作品ぐらいは鑑賞できると思うが、運が悪ければ1つも鑑賞できない。ものすごく運が良ければ2作品鑑賞できるかもしれない。新国立劇場で1作品、東京文化会館大ホールで1作品など。演奏会形式(オペラ用の舞台ではなく、オーケストラコンサートとしての演奏)であれば、もう1作品ぐらいオペラを鑑賞できるかもしれない。電車や飛行機に乗って国内の別の都市に移動しても、オペラが比較的よく上演されている場所はあまり無い。滋賀県のびわ湖ホールがけっこう頑張っているので、上演スケジュールを確認してみる価値はある。それぐらいだ。
ヨーロッパの状況は全然違う。まず、大都市の歌劇場は複数のオペラ作品を同時上演している場合がある。つまり、今日と明日と明後日で異なる作品を上演するということ。オペラ2作品とバレエ1作品を同時上演するという歌劇場もある。今回のフランクフルト滞在期間ではオペラ4作品が上演されている(ただし1作品は別会場)。東京ではオペラは1作品ずつ上演する。もちろん連日同じ作品を上演する。同じ会場で複数の異なるオペラを鑑賞することは、日本では、ほぼ不可能。
異なる作品を上演するには、毎日舞台セットを入れ替えなければならない。出演者もそれぞれ揃えなければならない。(ただし、ヨーロッパには、今日と明日で異なるオペラに出演して、それぞれで主役級の役を歌ってしまう強者歌手もいる!)それぞれのオペラのために広いリハーサル場所も確保しなければならない。(日本ではリハーサルの場所もなかなか確保できないと聞いたことがある。)
オペラの上演には費用がかかる。ソロ歌手複数名の他に合唱団、オーケストラ、指揮者、演出家、デザイナー、舞台セットや小道具の担当者、照明担当者、歌手の練習相手を務めるピアニスト(コレペティトゥア)などなど。歌手たちは歌だけでなく演技もしなければならない。関係者一同、演出のねらいを理解し、公演を成功させるために一丸となって、何か月も前から取り組む。大規模なプロジェクトである。規模も準備期間も長いので当然費用はかかる。日本ではおそらく資金調達にも課題があるのだろう。
人材もまた課題の1つ。歌手や歌手以外の関係者も含め、オペラ制作プロジェクトには才能豊かなアーティストを起用したい。ヨーロッパにはヨーロッパを拠点に活動するアーティストが世界から集まっている。ヨーロッパ内の各都市は短時間で移動できるので、ヨーロッパならアーティストを集めやすい。当然だが、時差も大きく、飛行機で12時間もかかる僻地に位置する日本はどうしても不利となる。日本にもアーティストはいるが、日本を拠点に活動するクラシック音楽・オペラ界隈のアーティストは日本人ばかり。世界から人材が集まるヨーロッパのような多様性は期待できない。
ヨーロッパの凄いところは他にもある。都会の大規模な歌劇場が凄いだけではない。地方にも歌劇場がある。歌劇場の数が日本とは比べ物にならないぐらい多い。たとえばドイツには、中規模ぐらいの都市には必ず歌劇場があると言っても過言ではないと思う。以前行ったライプツィヒとドレスデンは電車で1時間だが、それぞれ歌劇場があり、それぞれ独自の公演を上演している。今回行くフランクフルトも電車で2時間圏内に複数の歌劇場がある。そのうちの1つである隣国フランスのストラスブールを訪ねることにした。イタリアやフランスも歌劇場が多い。ヨーロッパにおいては、電車で少し移動するだけで、オペラ鑑賞の選択肢が増える。飛行機に乗ればさらに選択肢は広がる。ヨーロッパの主要都市間は飛行機で1~2時間で移動できる。空港までの移動時間を考えると、実際はそれより時間を要するが、それでも1泊2日で訪問できる範囲である。
公演数が多い、歌劇場が多い、歌手などアーティストも豊富・・・そうなると、上演できる作品の幅も広くなる。忘れ去られた珍しいバロックオペラから現代作曲家の新作まで。体力を要する長時間オペラの主役を歌える歌手も豊富にいる。演奏困難と言われる作品にもチャレンジしやすい。それに、許容範囲が広いのか人材多様性があるからなのか分からないが、日本ではギョッとするような濃厚な演出も奇抜な演出もヨーロッパなら実現できる(笑)。 つまり、日本では鑑賞できない作品と出会えるのだから、我々オペラファンはわざわざヨーロッパまで行く価値があると言える。
しかも、ヨーロッパで上演されるクラシック音楽系のチケット(オペラ含む)は、世界のどこからでも、歌劇場やコンサートホールの公式サイトで簡単に購入できる。10年前に音楽旅を開始したときから、すでにそうなっていた。ほとんどは自宅プリントチケットなので、日本のような面倒なコンビニ発券手続きは不要。
今回はオペラを中心に語ったが、ヨーロッパが特別なのはオペラだけではない。歌曲や室内楽もヨーロッパの方が日本よりはるかに充実していると感じる。一方、日本はオーケストラ大国でありピアノ大国である。東京のオーケストラ数も公演数も世界一かもしれない。プロやアマチュアを含め日本はピアニスト人口が多い。それでも、何故かオーケストラやピアニスト目当てでヨーロッパまで行くこともある。その理由は以下を読めばご理解いただけるだろう。
理由2:ヨーロッパを拠点に活動するアーティストたちの魅力
クラシック音楽とは、人間の生き方を熟考し、表現し、伝える音楽である。そういう意味では人類普遍のものである。ただし、そのルーツがヨーロッパにあるため、クラシック音楽はヨーロッパの歴史や文化に深く影響を受けている。例え本人が否定したとしても、ヨーロッパ出身のアーティストは得だ。(文化思想面はもちろんだが、言語能力においても、日本出身者から見ると羨ましすぎる!)
でも、そういうことを言いたいのではない。どこに生まれるかは自分では選べないわけだし、特定の人種を贔屓するつもりもない。
ヨーロッパを拠点に活動するアーティストたちの最大の魅力は、その多様性だろう。彼ら、彼女らはヨーロッパ出身者だけではない。南北アメリカやアジアなど、世界各国から、クラシック音楽の世界に惹かれて、人生をかけて移り住んだアーティストたちがいる。それがヨーロッパ。お互い切磋琢磨して影響を受けながら共に前に進んでいく。言語や文化の違いを乗り越えて、理解し合おうと努力する。
各国からやってきたアーティストたちの好奇心、想像力、表現力、そして、絶え間ない努力を称えたい。独特の感性を大事にしつつも、現地に溶け込み、現地語でインタビューに応じ、インターナショナルなプロジェクトメンバーと協力して芸術を形にしていく。眩しいほど輝いている人々だ。
ヨーロッパはもちろん、世界から注目されるアーティストが豊富に存在している。ヨーロッパ出身者だけではなく、世界各国から来ている才能ある人々。それに、ヨーロッパ出身者にしても、ルーツが多様であるケースも多い。
そんなアーティストたちは、言うまでもないが、多くの人々の憧れの対象でもある。ただ単に演奏テクニックが素晴らしいとか、頑張り屋で人柄も良いというレベルではなく、強烈な魅力をはなつ人間なのだ。鑑賞者である私から見ても、人生の師と言いたくなるほど強く憧れるヒーロー・ヒロインのような人々。
オンラインで気軽にコンサート鑑賞できる時代にはなったが、できるだけ生演奏で、目の前でパフォーマンスを堪能し、より強く影響を受けて(エキスを浴びて?笑)、自分の人生に反映していきたいと思うと、どうしてもヨーロッパまで鑑賞に行くしかない。国内のアーティストたちも頑張り屋で素晴らしいのだが、「強烈な魅力をはなつ人間」を探すなら、断然海外のアーティストから探すのが手っ取り早い。クラシック音楽界においては、それはヨーロッパを拠点に活動するアーティストたちなのだ。
あまりにも大勢のアーティストがヨーロッパを拠点にしているので、全アーティストの活動を追うことなどできない。実際にヨーロッパを旅して、そこで鑑賞するコンサートやオペラは、偶然の出会いをもたらしてくれる。そこで出会ったのも何かのご縁。大切にしたい。
理由3:歴史、美術、思想・哲学、宗教、言語、文学、社会・・・
リベラルアーツを学ぶなら、クラシック音楽も良いきっかけを与えてくれる。私など情けないほど無知で低知能な人間なのだが、クラシック音楽のお陰で、ある程度は教養を広げたり深めたりすることができる。そして、そういった教養は実はなかなか面白い世界なのだ。ギリシャ神話、中世の騎士物語、歴史上の事件や現象、ショーペンハウアーの哲学、シェイクスピアの文学、ドイツ語、イタリア語、フランス語、ラテン語などの言語・・・
ヨーロッパを旅すれば、音楽に影響を与えた美術作品や建築物の本物を観ることもできる。音楽鑑賞のついでに、作曲家の人生を研究することができる。それに、わざわざ行くのだから言語の学習も気合いが入る。
人生は退屈だ。特に日本みたいな国に住んでいると退屈だ。海外旅は、そんな退屈な日々に生き甲斐と刺激を与えてくれる。私にとってはヨーロッパこそ最大の生き甲斐であり刺激である。旅することが困難となってしまうなら、何とかして移住を目指すしかないのかもしれない。今後どうやって生きていこうか。今回の旅では、そんなことを考えながら旅しよう。